誰かを傷付けた時

誰かを傷付けて、そのことで自分が傷付いた時、2つの感情を抱く。

1つは、償いをしたいという気持ち。もう1つは、償いをして許されたいという気持ちだ。

本当に償いをするには、後者の気持ちをできる限り少なくした方が良いように思う。何か償いをしようとして、相手に働きかけることが、さらに相手を傷付ける場合もあるからだ。

まずは、自分を一番大事にして良いのだけれど、余裕があるのであれば、その相手に対して、何もできないことを一度受け入れてみようと考えてみるのも良い。この方法には、それなりの精神的な苦痛が伴うことがあるから、慣れてない場合や、余裕が無い時は、そうした考えをしない方が良いかもしれない。

もし、十分な余裕があり、相手に対して何もできないと考えることができたのなら、相手に対して、何ができるかを、やっと本当に考えられるようになる。

許されることを放棄して、相手の立場に立ち、相手のためだけを思うとができる。

その時、気をつけなければならないのは、相手の気持ち立場に立つということだ。傷付けてしまったと思っている相手の立場に立とうとすると、推測が多くなる。情報を得ようにも、その人に会ったり、コミュニケーションを取ったりすることが、また相手を傷付ける可能性がある。

だから、多様な可能性を考えて、なるべく相手を傷付けないように充分に注意した方が良い。少し油断すると、すぐに相手のためと思いながら、実は自分が許されるための行動や発言を起こしかねない。

つまり、誰かを傷付けてしまった時、実は、相手のために出来ることはかなり限られるし、相手のために何かをするまでにかなり時間がかかることもある。相手のために何かをする機会が得られないかもしれない。

だけれど、一つの救いは、その誰かを傷付けた経験を通じて、同じように誰かを傷付ける可能性が、今後、減らせることだ。

痛みは感じ続けなくて良い。痛みを感じてしまったら、その経験について、よく考えられない。よく考えられないのであれば、また同じ経験をしてしまう可能性が高まってしまう。

だから、自分をいたわり、ゆっくりと休んで、痛みを感じない範囲で、少しずつ、その経験をたまに考えてみれば良い。痛みを感じるのであれば、考えないように努めるのも良い場合がある。

そうして、自分の傷が十分に癒やされたのなら、これから同じような経験をしないようにするには、誰かを傷付けないようにするには、どういった行動や発言が、相手を傷付ける可能性があるのか、ようやくきちんと考えられるようになる。

無理をする必要はない。ゆっくりと時間をかけて、まずは自分を大事にすることが、誰かを傷付ける可能性を減らすための近道である。

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